レタリング。手書き文字の味

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今でもレタリングを必要とする場があるのだろうか、と思う。
かつてポスターや看板を作るとなると、レタリング…文字を手書きすることが欠かせなかった。定規で平行線を引きながら文字のバランスを取り、“はね”や“はらい”を滑らかに手で書く。下書きが終わったらカラス口を使ってシャープな線で仕上げてゆくという手間のかかる作業。しかし水彩画よりも油絵よりも、学生時代の私が一番好きだったのはこのレタリングだった。

細い筆先に神経を集中させて、はみださず、ムラにならず、仕上がった時の快感。大学への進学でデザインを選んだのも“定規で線を引く”ことが出来そうなのは、デザインしかなかったからだ。そんな理由で私のデザインの道は決まってしまったと言ってもいいかもしれない。

そんな私も今ではMacばかり使っての仕事である。入れようと思えばいくらでもフォント(書体)をインストールすることは可能なのだが、さて使える書体がいくつあるのかと言われると、本当に少ない。出来れば一番好きな書体、明朝とゴシック各一書体づつで完結したいぐらい。必要最低限の書体で空間のバランスを取れるようになりたいとも思う。そこまでのデザインを目指したい。

さて、手書きのレタリングに集中していた学生時代、写植を発注して版下をひいていたデザイン事務所勤務時代(たぶん最後の版下世代です)、独立してからは必須となったMac。時代は流れていくのだね。それでもやっぱり“手で書く”という経験を沢山出来たことはありがたいことだったと感じている。モニターで見る書体の輪郭を目でなぞりながら、使える良い書体かどうかを見極められるようになったから。

今ではどんなに大きな広告でも出力やカッティングで製作されるご時勢。年末の商店街探検に出かけたところ、ナイスな看板を発見!下書きの線もそのままに、却って味わいのある文字の背景になっておりました。味気のない似たり寄ったりの書体が溢れる町中で、書いている人の姿が想像できる看板は、今や貴重な存在。ただ文字を書く。文字を置く。他に逃げ道のない単純な仕事にこそ、デザイン力や手の力が出てくるように思います。…ワタクシもガンバリマス。


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2004年12月27日 10:48に掲載された表紙の写真です。

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