“海に近い街づくり”という言葉を鹿児島ではよく聞く。でも、実際の鹿児島に暮らしていると、海を遠くに感じてしまう。鹿児島の海は遠い。波の音が聞こえて来ない。
海を前にして寛ぐ…オトナにとっての寛ぐは、そこで美味しいお茶をゆっくり飲めたり、気の効いたグラスでシャンパン、とまではいかずとも、手軽なスパークリングワインやビールを飲みながらゆったりと過ごせることだと思う。子どもはダメなんて言うつもりはない、ただ、大人のためだけに海の見える寛げる場所が欲しい。
観光客がヨットや小さな船に乗り込んで、桜島という素晴らしい活火山のそびえる海へ、次々とゆく様を眺めるのもまた格別だろう。
昨年の二月から三月にかけての一ケ月間、仕事を休業宣言してニュージーランド留学へ出かけた。もちろん語学学校の授業は毎日あるわけだが、授業の後のフリータイムは街の散策に明け暮れた。オトナなんだからいいんだもんね!を心に掲げて、どこで今日の一杯のビールを飲むのがいいか、歩き回った。ありがたいことに、けっこうみんなグラスを傾けている。
実践英会話とばかりにオススメの銘柄を聞き、空いている最高の席をキープする。ここで飲まない大人はアホだ!と言いたくなる程の場所…それがニュージーランドにはたくさんあった。
テラスの下は直ぐに海。これくらいでなくては“海に近い”とは言えないんじゃないの?
ぶつぶつボヤキながら、溢れる観光客を見回すと、グラスを手に座っている日本人は私だけだった。
結構な数の視察が、日本からもやって来ているという。マネをする必要なんてないけれど、もし視ているのなら活かして欲しい、作って欲しい。だって鹿児島にはもう最高の財産…美しい海があるのだから。
そして、何よりも必要なこと。
それは街に暮らす人々が、自分たちの暮らしをもっと快適にしよう!気持良い場所にしようと意識することだと思う。街を作る立場にある人が、責任を持つことだと思う。

