目に見える色

colors.jpg



『南の地域に暮らしていると、見える色が多くなる。だから南の方出身の人は色に強いはずだよ』

これは大学の時に言われた一言。それまであまり色にはこだわらず、モノクロの配色や、線のなめらかさや美しさに一生懸命だった十代の私には、驚きの言葉だった。少しだけ、強くてハデな色も使ってみようかな…と思えるようになった。

一年のうちに数ヶ月もの間、雪に閉ざされる所でずっと暮らしていると、それが目にとっては当たり前の情報になるのだろう。目が判断できる色の範囲が狭くなってしまうらしい。逆に南であれば、これでもかと光は全てを照らし、目もそれに反応して色を認識し、無意識のうちに鍛えられてゆく。
光のあたり方がほんの少し変わるだけで、例えば同じ“赤”が“別の赤”へ、そしてまた更に“別の赤”へと移ってゆく様子を、生まれてからずっと当たり前に感じているのだ。

南と北では、生まれる絵・音楽・食・言葉・性格・骨格…私たちの意志に関わらず、いろいろなものが異なってゆく。自然環境やあたり前の毎日が、私たちの体や心の作りを左右する。ならば、少しでも意識して、美しいものや色、形を目にしていきたい。自分の目に色んなものを見せてやりたい。

仕事の気分転換に、寒空の下庭に出て二十日大根を引っ張ってみた。大きいもの小さいものそれぞれが、土の中から顔を出した。なんという色…。誰がこんなに鮮やかな色をつけたのだろう。なぜ、小さな二十日大根に自己主張をさせようとしたのだろう。


« 海に近い街 | | ハイブリッドもしくは逆オール電化 »


home

About

2005年01月21日 18:02に掲載された表紙の写真です。

鹿児島・グラフィックデザイ|広告ディレクション