デザインを職業にしています、と言うとよく「パソコンでする、アレですか」と返ってくる。デザイン、イコール、コンピュータやパソコンではなくて、自分のアタマと気持で考えて作るのだけれど、どうも見た目の作業とカタカナ職業の印象があるようだ。
わたしはたぶん、鹿児島で最期の版下人間かもしれない。かつて3年間鍛えてもらったデザイン事務所の社長が「最期の版下入稿事務所だ!」と頑張っていたので、私も版下の作り方を教わった。ペンや鉛筆で詳細なレイアウトをし、写植(文字を打ってくれる人がいる)に発注した。ここに出したら文字の変更は出来なくなり、訂正が出たりするとなんとか拝み倒して打ち直してもらわねばならず、そうなったらコストが上がる。
その写植をカッターで切って、ペーパーセメントを塗って、台紙に貼ってゆく。一文字間違えていたらそこを切り抜いて貼り替える。そらもう、小さい文字も切った。だいたい印刷入稿寸前になると、文字は細切れのつぎはぎ状態で、どこか一文字無くなった!と騒いでは探し、シャツのひじのあたりにくっついていたりするものだった。そしてまたカッターの刃先を器用に使って、2mm以下の紙片をきれいにまっすぐ並べてゆく。これはもう修業である。
そんな事務所の3年が過ぎ、海外の仕事から戻った社長がコンピュータ導入を決意し、自分も四苦八苦しながら「あんた、前の会社でマックを使えるようになっててくれたら良かったのに」と言いおったのにキレて(心の中でね)、辞めた。(いやもちろんこれだけが原因ではないのだけれど。)
あんなに大嫌いだった筈なのに、今やすっかりマックの日々となった。版下を作ったとしてもだいいち印刷が対応していないのだ。ああだこうだ言いながら夜中に写植を届けてくれたおじさんも、私が独立したころ廃業した。もうどこにも誰にも必要とされない版下。引き出しの奥ですっかり詰まってしまったロットリング。なんであんなに一生懸命切ったり貼ったりしていたんだろうと、懐かしくなる。自画自賛だけれど、本当に美しかったんだ、私の作る版下は。版下が美しいって、褒めることかどうかはわかりませんが…。印刷してしまえば全く見えないことになる版下の切り張りされた厚みが、デザインの厚みにもなっていたような気がします。
そんなことを心のどこかにしまいながら、ほんとは苦手なマックと向き合う毎日。「こいつキライだ!」と考えながら仕事をするとマックはグレてフリーズするような気がするので、「どーかひとつ!」という気持ちでタッグを組んでいます。そんなことを考えているのは私ぐらいか、と思っていたら、カッコイイデザインをするやや年上の某デザイナー氏も「おれ、コンピュータだいっっっきらい!」と笑って言い放ってくれました。ははは!そんな人がマックを使いこなしてカッコイイデザインをしちゃうんだから、腹がたつよね!
手で作ることの重要さを最近強く感じることがあります。私が週2回受け持っている高校の授業を見ていると、自分で塗りたいと思う色を作れない子がいます。定規を使ってもまっすぐ線が引けません。四角を描くための直角の接点がぴったり合いません。形を塗ったらふらふらとはみだします。定規を添えてもカッターで紙をまっすぐ切れません。みんな美術を専攻している子なのに、です。手を思いのままに動かしたり、力をコントロールすることが出来なくなっているのでしょう。この光景が私には“退化”としか見えません。
手で描くことが大事なんだよと言っても、どう大事なのか何故大事なのか、生徒たちにはわからない。「だって今はそれでいいんだから困らないじゃない」。それはそうだけど、私もマックで仕事してるけど、隣の教室にはマックが30台も並んでるけど、でも絶対何かが違うんだよ。デザインする、イコール、マックだなんておかしい。
アナログ、そして、デジタル。両方を経験したからこそ分かることを伝える必要がある、と感じるようになりました。この気持をどうしたら伝えるられるのか、言葉や方法を探すことを始めなくてはなりません。
最期に、最近出合った中に分かりやすく言葉にしたものがありましたので、一部、引用させていただきました。生き方全般に対しても、同じことが言えるような気がします。
『コンピュータの進歩がデザイナーの感覚を飛躍させるどころか、皮肉なことに感覚の進化を阻んでいる。昔のデザイナーは1mmの間に10本の線を烏口で引くことが出来た。今のデザイナーはできないし必要もない。1mmの間に何本も手で線を引くなど笑い話になっている。しかし、細かな線が引ける身体能力を持つということは、そういう細かさでものや文字を見る「目」を持つということです。そういう「目」があるから、微妙なバランスの文字を描くことが出来る。トレーニングを経ないデザイナーには文字を選択するくらいしかできない。字間や行間に対する「目」も同じですから、これは造形力や「目」の退化と考えるべきでしょう。(原研哉/デザインノートNo.1:誠文堂新光社より)』

