デザインは調味料

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どうしても大道を行けないデザイナーである。やたらとデッカイ話はどうも苦手。バブル崩壊後に社会に出て、世の中美味しいことばかり言ってても通じないよ、がっちり自分がやれることを押さえて確実に積み上げていかなくちゃね、みたいな変に熱くなれない感覚が身に染みている。いかにもなデザイナーやディレクターらしい人の話のノリは、どうも胡散臭くて引いてしまう。そして一人で打ち合わせから制作・納品・事務処理と、最初から最後まで、ちまちま手作業の寄り道小道を歩くデザイナーとなる。

それでも最近、ちょっとだけ背伸びをしながら仕事をするのも楽しくなってきた。背中がつってしまうほどの背伸びではなく、つま先で立って、そこから自分の背筋でエイッ!と届かなかった枝の木の実に飛びつく感じ。飛ばなくても届くところになっている実ではなく、お陽さまの良くあたっている健全な色つやの実を手にしたい。そうして手にしたものに、どんなパンフレットやパッケージをデザインすれば多くの人が喜んでくれるだろう、みたいな感覚で日々デザインしている。……と、ここまで打ちながら、一生懸命びわ泥棒したり、梅をもぎに行ったり、それを美味しく加工するために夜中に瓶に詰めたりしている毎日の生活と、仕事のスタイルが完全に一致していることに気が付く。

「商品が良いのなら、デザインは必要最低限のものにしましょう」と口に出してしまうのは、自分の生活の中でいつしか身に付いてしまった感覚からだろう。美味しくない野菜はどんなに立派な調味料で味付けしたって、うまい料理にはならない。資本や技術を駆使して出来る場合もあるだろうが、はたしてそれは胸を張って言えることだろうかとも思う。社会全体の流通を考えればやむをえないことも多いから、決して否定はしないし逆立ちしたって私には出来ないことなので、それこそ大道の方に任せておけばよいのだ。
私の好みは、美味しい野菜を使って塩を一振りオイルを数滴、それだけでスピーディーにひと皿を仕上げる料理の作り方のほうだ。

主役である野菜が“商品”であり、塩かハーブかどんな種類のオイルか、はたまた醤油か味噌かを選んで、適量を振り掛けるのが“デザイナー”の仕事と言える。
素晴らしい素材が身の回りに多いことに、今さらながら気付いてきた。そして、美味しい料理にしてお客さんに出したいんですと、直接訪ねて来られる機会も増えて来た。主役はデザインではないとしっかり心に留めて、この素材、商品を活かすことに徹するデザイナーでありたいと思う。


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2005年06月16日 15:55に掲載された表紙の写真です。

鹿児島・グラフィックデザイ|広告ディレクション