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びわ泥棒

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小さい頃からの習慣とは恐ろしいもので、“びわは貰うもの、買うものじゃない”という感覚が私の中にある。びわは梅雨の前になるとあちこちの庭からもいだものが回って来て、口の周りをべとべとにしながらばくばく食べるもの。すました顔してスーパーに並んでるのは、なんだか買う気になれない。でも食べたいの。あちこちの庭に生えているびわの木を車の中から眺めながら、今年もうずうず、そわそわ。

大家さんちの畑の横にも一本、見上げるほど大きなびわの木がある。毎年手が届くところの実を2つ3つ、つまみ食いしたり、もいだものをもらったりしていたのだが、「今年はどうかな」とよだれをこらえて眺めにゆくと、越して来て以来初めて見るほどにたわわに実っていて、しかも大粒なのである。手を伸ばしてぷちっとちぎって、こっそり食べてみる…甘い…。
最近の晴天続きで最高のびわだ。再度、大きな木を見上げる。これは絶対に食べきれる数ではない、よし。大声で大家さんのところへ走ってゆく。

「すいませーん、びわ泥棒していいですかー?」
「いいよー(笑)。高枝切りばさみ、持っていきなさい。今年のは甘いよー」

さすがに「もう味見しました!」とは言えなかったが、お礼を言ってカゴを抱えて行く。贅沢にも色の濃い大きなのを狙って3メートルのはさみを入れる。ぽとぽとと、下草のクッションの上に落ちる、だいだい色の大きな粒。二日分くらいを拾ってさっそくその場でむいてほおばる。一度も冷蔵庫を通過しないびわの甘さを味わってしまうと、やっぱり買えないなぁと思えてくる。そして小さい頃、妹と並んで縁側で食べながら種を飛ばしたり、曾おばあちゃんが濡れたタオルを持って来てくれたっけ、なんてことも蘇ってくる。

梅雨の前にまとまってやってくる、梅酒や梅干し、らっきょう漬け、びわもぎ、どくだみ干し。自分の想い出や懐かしい感覚に触れたくて、季節のものを自分で摘んだり作ったりしているのかなと、仕事続きの一瞬、泥棒は思うのでした。

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2005年06月05日 15:41に投稿されたエントリーのページです。

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